「…いや、日本の村さ広場なんていままであったべか。 村には一本道が通っているだけだべ。広場があったら、たとえば百姓一揆はずいぶん成功したと思うす。一本道しか無かったがら、百姓はいつもはさみ撃ちにされて…」
井上ひさし作 「イーハトーボの劇列車」より

こんにちは、長野市会議員小林よしかずです。 2011年9月の改選で4期目の市議会にお送りいただきました。 今後4年間の任期です。 みなさんとご一緒に市議会改革、市政革新に一生懸命取り組んで参ります。 よろしくお願いいたします。 ご意見、ご提言、ご要望、ご批判などどんどんお寄せください。  2010年5月、NPT再検討会議ニューヨーク行動に参加し、多くのニューヨーカーや観光客から反核署名をもらいました。核兵器廃絶の流れが大きく前進する歴史的会議に貢献できたと思っています。


朱鷺メッセと槇設計事務所2013年08月06日

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故と槇総合計画事務所
2003年8月26日、朱鷺メッセと隣接する万代島E駐車場(自走式立体型)と佐渡汽船新潟港ターミナルを結ぶ連絡デッキ(220m)のうち、朱鷺メッセと駐車場を結ぶ個所が突如崩壊した事故。責任と損害賠償をめぐって県と事業者側が双方に相手を訴え係争中だったが、昨年、一審は双方の訴えを棄却しまったく原因不明のままにされたが、県が槇総合計画事務所(設計)と施工・設計・監理の2社、計3社に対して控訴し、現在も係争中。

偶然、先週、...朱鷺メッセが今年の自治体学校の会場となり、参加した私は、現場の写真を撮り、関係市民にも話を聞いてきた。タクシーの運転手、佐渡汽船のレストラン店長、朱鷺メッセ近所のラーメン店店主、現場を通りかかった市民など。事故から10年以上が経ったが、橋部分で9億円と言われる巨額の税金を使った施設が、完成直後に自ら崩壊した前代未聞の事故で責任の所在をめぐって裁判中で橋は繋がらないまま不便をきたしていることに、みんなあきれ怒っていました。
実際、現場を見て、なぜこの部分が落ちたのかという驚きと共に、すぐ隣をとうとうと流れる信濃川の上流、我が長野市の新市民会館の設計が、この世界的に有名という槇設計事務所である偶然に驚愕した。

長野市民会館のと設計を決めるプロポーサルでは、当事者が現在被告として訴えられているという事実は、どのように評価されたのだろうか。

赤旗のやくみつるのブラックボックス2013年08月03日

赤旗日曜版:やくみつるの“小 言大言” ブラックキラーじゃ

驚愕の麻生発言2013年08月01日

信濃毎日新聞朝刊コラム「斜面」も麻生発言を厳しく指弾していた。一体「あの手口」は何を指すのか、と。国民を愚弄するにもほどがある。本当にこの国の政治家のお粗末さは目を覆うばかりだ。参院選の共産党の躍進は、引き続き日本の政治の激動を呼び起こすだろう。 今、目覚めた国民はもう騙されない。国の土台からの政治変革を求める激流は止めようもなく続くだろう。 天声人語 8月1日 朝日新聞  ぎょっとした。麻生副総理が7月29日、ある会で改憲に触れて、こう述べたという。「気づいたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうか」。同僚記者の取材と麻生事務所に確認した結果をあわせ、以下紹介する。  麻生氏はまずナチスがどうやって独裁権力を獲得したかを語った。それは先進的なワイマール憲法の下でドイツ国民が選択したことだ、と。いかに憲法がよくても、そうしたことは起こるのだ、と、  次に、日本の改憲は騒々しい環境のなかで決めてほしくないと強調した。それから冒頭の言葉を口にした。素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習え、ということになってしまう。  氏は「民主主義を否定するつもりはまったくない」と続けた。としても、憲法はいつの間にか変わっているくらいがいいという見解にうなずくことは到底できない。  ヒトラー政権は当時の議会の機能不全に乗じて躍り出た。対抗勢力を弾圧し、全権委任法とも授権法とも呼ばれる法律を作って、やりたい放題を可能にした。麻生氏の言うナチス憲法とはこの法のことか。そして戦争、ユダヤ人大虐殺へと至る。  巨大な罪を犯した権力集団を、ここで引き合いに出す発想が理解できない。熱狂の中での改憲は危うい、冷静で落ち着いた論議をすべきだという考えなら、わかる。なぜこれほど不穏当な表現を、あえてしなければならないのか。言葉の軽さに驚く